Heaven's Door


5


蒼野、と呼ばれたのは

いつ以来だったか…。


ふう、と息をひとつ零すと。
冬紀は西園寺の眼をまっすぐに見た。

「…気づいてたんですね。西園寺さん…。」

「当たり前だ。
 それで変装してきたつもりなのか?」
呆れたように呟く西園寺に、冬紀は苦笑した。

「でも今の所バレてないですけど。」
「まあ普通は疑うまい。
 だが…本来なら「あいつら」が適任ではないのか?」

「やむにやまれぬ理由がありましてね。
 今回は私が代理なんですよ。」



そして、西園寺は最も聞きたかったことを切り出した。



「それで?…目的は何だ。」



###############

「お待たせしました!」
紅茶を運んできた七条とクッキーの皿を手にした啓太が戻ってくる。
その姿に、少々張り詰めていた空気は緩んだ。


「今日はカルチェラタンが手に入ったので。
 北野くんはラヴェンダーの香りは大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫です。」

「この香り、伊藤くんが随分お気に召したようですよ。」
「し、七条さん…。」
「そうか。それにラヴェンダーの香りは啓太に似合うな。」
「同感ですね。心が和みます。」

目一杯啓太を愛でている二人を冬紀は楽しそうに眺めていた。

その視線に気づいた啓太は、冬紀を放っていたことを申し訳なく感じ。

「ほ、ほら冬紀!このクッキーも美味しいんだよ?」
「ああ、ありがとう。」

啓太の気遣う優しい心を感じて、西園寺はとても柔らかな気持ちを感じていた。


これから起こることを、心の隅で案じながら。

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「じゃあ西園寺さん、七条さん、失礼します!」
「紅茶、とても美味しかったです。ごちそうさまでした。」

「ああ、是非またいらしてくださいね伊藤くん。
 北野くんもどうぞ。」
「はい。啓太と一緒に来させていただきますね。」

冬紀の含みのある言葉に、七条は苦笑した。
どうやら一筋縄ではいかない人間であるようだと、感じ取ったのだ。
だが、そう嫌な感じはしないとも思っていた。

「臣、二人は帰ったか。」
「ええ…。」

そして、二人がいなくなってから。
気になっていた事を、西園寺に問いかけた。


「郁。一つ気になる事があったのですが。」
「?どうした。」


「先程、郁が北野くんと話していたことです。」
「…聞いていたのか。」


「ええ。それで。
 …僕の記憶が正しければ蒼野冬紀という人は…確か…。」

「そうか、お前も会った事があったんだったな。」

「はい。2年前郁に同伴させていただいた折に…。」

「お前の記憶は間違っていない。…非常識な事ではあるがな。」


「じゃあ、やはりあのひとは…。」


「ああ。」


西園寺は一息つき。

ゆっくりと口を開いた。


「そうだ。あの北野は…。」




##############

「ハニー!!」

会計室を出て、次はどこへ行こうかと模索している啓太達に。
それはもう幸せ一杯といった嬉しそうな声がかけられた。

テニス部主将、成瀬由紀彦だった。

「あ、な…。」
るせさん、と続ける前に、成瀬は啓太を問答無用で抱きしめる。

「会いたかったよ、ハニー!
 昨日は食堂で大変だったんだって?!
 ああ、僕が傍に居たらそんな恐ろしいめにあわせることなんてなかったのに!」

「な、成瀬さん…。あの、心配は嬉しいんですけどオレは大丈夫でしたから…。」
それに、と啓太は一緒に居た冬紀を見る。
冬紀は驚いた顔で二人の様子を見ていた。

成瀬の物怖じの全くないストレートな愛情表現に、流石の冬紀も驚愕しているようだった。
啓太自身まだ慣れてはいないのだから、無理はないのだが。


「ハニーは本当にいい子だね。
 そんな君だから僕は…。」
「成瀬さん!!ちょっと待ってください!!」
晴天の下として喜ばしくない方向に進行しそうな空気を、啓太はあわてて止めた。

「どうしたの?ハニー。」
「どうしたのって…。オレは冬紀の学校案内中で…。」
「冬紀?」

啓太の口から冬紀の名が出て、成瀬はやっと冬紀のほうに視線を向ける。

そこにいた冬紀は、成瀬と視線をあわせたとたん。
急に噴出した。

「ぷっ…くくく…。」

その様子に、成瀬は少々気分を害したようで。

「なんだい?君は。
 見かけない顔だけど…初対面の人間の顔を見て急に笑い出すなんて失礼だね?」

その声に、冬紀は笑いつつも返事を返す。

「すっ…すみません…。あんまり分かりやすかったんで…。
 素敵ですね成瀬さんって。」
おかしげに笑い続けながら、冬紀は成瀬に向かい合った。

「失礼しました。僕、昨日転入してきた北野冬紀です。
 啓太に…伊藤君に学校を案内してもらってたんです。」

その言葉に、成瀬は啓太以来の転入生が来ているという噂を思い出した。
「そうか、君が転入生の…。
 いきなり啓太と仲良くなるなんて、ちょっとズルいね?」

啓太と共に来た冬紀に対して、成瀬は最初から少なからず嫉妬していたのだ。
だから、牽制の意味を込めて言ってみると。

「僕もびっくりですよ。啓太があんまりモテモテなんですもん。
 啓太とお近づきになれてラッキーだって思ってますよ。」
「ふ、冬紀…。」

冬紀はにっこりと笑って返した。

それは啓太とはまた違う、邪気のない笑みだった。
成瀬は冬紀への嫉妬を解消したわけではないが、あまり憎めるタイプではないなと思った。


「ふうん?分かってるじゃないか。
 でも、啓太は渡さないよ?」

「成瀬さんっ何言ってるんですか!!
 冬紀も僕も男ですよ…。」

成瀬の想いを否定するわけではないが、普通男である冬紀が相手にするなら女の子のほうだろう。
啓太は至極常識的な意見を言った。

しかし。

「あ、啓太。僕そういうのあんまり気にしないからV
 啓太になら引き込まれてもいいって昨日言ったじゃない?」

冬紀は転入後2回目の爆弾を落としたのであった。

「ふ、冬紀ぃ〜〜〜〜〜っ…!」

その言葉に、成瀬は引きつった笑いで冬紀に詰め寄る。
「ほ〜〜う?じゃあ俺とはライバルだねえ?北野?」
「そうみたいですね〜勝負します?成瀬さん。」

「冬紀っ!!そーゆー冗談はやめてくれってば。」

ここまで来て啓太は流石に大声を出す。

「あはは、ごめんごめん。」
そう言って冬紀は啓太のほうを見た。


「悪かったよ、啓太。」

「わっ!!」

冬紀は、笑いながら啓太の肩を押した。

すると、啓太はバランスを崩して、その場にしりもちを付く。

「こらっ北野!!ハニーに何するんだ!!」

成瀬が大声を出した瞬間。

冬紀と啓太の目の前を、何かが横切った。


ドゴッ

それはそのまま重い音をたてて、地に落ちた。


「…な…。」
啓太は驚いてその物体を見た。


「啓太大丈夫かい?!」
成瀬はあわてて啓太の傍によった。

「だ、大丈夫…です。
 今の、一体…。」

啓太が物体の落ちている方向を見ると、冬紀がそれを拾い上げていた。


「……。」

「北野。何が飛んできたんだ!?」

「…テニスボールだってみたいですよ。だれかが間違って飛ばしたんですね。」

「テニスボール…?!あんな、重い音がしたのに?!」
冬紀の言葉に、啓太は驚いた。

「そうみたい、だってほら。」
冬紀の手には、確かに汚れたテニスボールが握られていた。

その言葉に最も驚いていたのは、テニス部主将である成瀬だった。

「…そんなバカな!!あの音はボールの出せる音じゃ…。」
驚く成瀬に、冬紀は視線を向けると、唇にそっと指を当てる。


「……っ。」

「成瀬さん?」

「いや、なんでもないよ、ハニー!
 …全く、誰だろうね。すぐに部員を問い詰めてくるよ。
 ハニーに怪我をさせるところだったんだ。重罰にしなくっちゃね!」

「いえ、でもオレは無事だったんだし…。」

「…ハニーは優しいね。…でも今回は…言う事をきいてあげられないよ。」

成瀬は、どこか切ない笑みを見せて。
まだ座ったままの啓太のそばに寄ると、頬にキスした。


「じゃ、またあとでね。
 それから…北野、君もまた…。」

「ええ。ゆっくりと啓太のことを…話しましょうね。」



############


「叔父さん…その情報は確かなんですね。」

『ああ。間違いない。』

「わかりました、ご尽力感謝します。」


理事長室。
理事長、鈴菱和希は電話を切ると、ふと一息ついた。


そして、窓の外を見た。


「啓太…必ず、護ってみせる…。」



                        To be Continued…



遅くなりました、学園ヘヴン小説5話目です。
これでだいぶ話が見えましたね(多分)
「冬紀」の正体もこれでお分かりの方が多いでしょう。

次、学ヘヴ最凶の中嶋さんが登場予定です。
彼の活躍はそこそこ多くしたいです。
好き嫌いとは別にいろんな意味で一番気になるキャラですから。(笑)

ギャグとシリアスの境界がほとんどついてないぐだぐだな話ですが、
読んでくださった方に心から感謝いたします。

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